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心境の変化について

最近は寒くなったり、ぬくくなったり、
なんだかよくわからん気候やなぁと感じつつ。。。


ここは大阪 住吉区のとある葬儀屋。
私は入社1年1ヵ月の新入おっさんだ。


最近葬儀を行う中、ちょっと気になる事があった。
私の中の変化だ。 
賛否両論あると思うが、その事についてちょっと書いてみようと思う。


入社当初、諸先輩方から〝葬儀屋の鉄則″として、よく言われていた事がある。

『 首を突っ込み過ぎない事。 』

反面、親身になってお世話をする事も求められるので、その境も曖昧で、その言葉になんだか冷たい印象を受けた。

①お寺さんとのやりとりにあまり口を出さない、
②家族の中の事は困っていても、中に入らない、
③決定事項は一緒に悩むのでなく、あくまで家族側に決めてもらう

等。

仕事といえど、素っ気ないのではないか。。。
人生最後の場面で、右も左もわからない状況であった場合、頼られるのは葬儀屋の役柄ではないのか?

と感じたのである。

例えば。。。

①お寺さんの事なんかわからない、お布施の金額が高い、とか、
 お家からしたら、経験のある葬儀屋が、知ってる知恵を振り絞って、お寺さんとの間に入って、一番いい形を作ってあ げれば お家の人も喜んでもらえるだろうし、
②誰を呼ぶか、どんな葬式にしたいのか、なども、お家の事情を考慮したうえで、いろんな経験を元に、こうした方が良 いのでは?という提案をして差し上げたり、
③お家の方が何か決まらない場合も、こうしたらどうか、ああすればどうか、という提案をさしあげたり。。

そういう熱い葬儀屋がいてもいいじゃないか!!と思っていたのである。
『 感動葬儀 』という言葉があるが、ある意味それは正しいと思っていた。

しかし、葬儀を何件もこなして行くうちに、『首を突っ込みすぎるな』の意味が解ってきた。
自己満で終わる可能性が大きいのである。
親族側が本当にそこを求めているか、見極めが出来ないから。


昨日まで全く知り合う事のなかった葬儀屋の人間が、たまたま家庭内の事情、故人の死因や関係性、様々な人には見せたく無い様な事も知ってしまう状況の中で、皆が優しく寄り添う事を当たり前に求めているか? というとそうではなかったのである。

早い話、何も知らない人間が何を?!

となるのはむしろ流れ。。。

お客様は 我々葬儀社に 葬儀の依頼をしているのであって、悩みや心の傷の改善などを依頼してない。

その事実にちょっと触れただけで、自分の問題のように一生懸命考えてくれるのは良いけども、
そこまではちょっと求めてないかなぁ。。。。 という考えは誰しもが感じる事だ。
私だってそうだ。


そして入り込み過ぎたり、良かれと思ってやった事というのは、その思いとは裏腹にクレームとなって帰ってくることがあるということ。 しかも結構大きなクレームとなって。

今まで築いてきた 信頼関係 をも無くす結果になり兼ねない。
仕事としてみれば、それは大きな損失だ。


他社の事例ではあるが、とても分かりやすいクレームがある。


あるお家で自宅葬を行った。

『 なるべくお金を掛けず、こじんまりと、知った人達だけで送りたい。 』

よくある依頼だ。  まるでマニュアルでもあるかの様に、よく聞く。
だから、この依頼を聞く側によって、お葬式のイメージも全然変わってくる。

その担当者は淡々と準備をこなしていったのだが、自宅で行うと当然近所の眼が釘付けになる。

準備しつつも、近所の人が聞きに来る中で、担当は、家族の意思を尊重し、近親者のみで行うと告げて言った。
喪主様には、近所の人たちが聞きに来ているので、こう対応している旨を伝え、それで良いかを確認し、了解を頂いた。

そして、
『 すごく仲が良かったので、どうしてもお参りをしたい 』という人達に出会う。
故人とは昔からの友人で、どうしても参加したい旨を聞き、故人とのエピソードも聞いた。
家族さんが知りえない、故人の側面を垣間見るとても良いエピソードだったらしい。

そこで担当は、葬儀の際、故人を偲ぶ、喪主様へのサプライズとしてご友人の参加を企画したのだった。
式中、突然のエピソード紹介に、涙する喪主様の姿があり、無事ご友人も参加できた。

式終了時も喪主様から 『 ありがとう 』 と言われ、担当は満ち足りていただろう。。。


後日、その担当へ1本の電話が鳴る。。。。

その時の親族様から、 『 なんであんな事してくれたんだっ !! 』  と。

?!?!?!?!

その理由はこうだった。
あのエピソードが気になった喪主様は詳しい話を、そのご友人から聞いたそうだ。
しかし、そのエピソードには、喪主様が知らなくても良かった情報までもがおまけでくっついてきたそうだ。。

それで気を病んでしまった、、と。



確かに葬儀会場に〝感動”は与えられた。
良い葬儀と評価を得た。

良かれと皆が思ったのに、突然手のひらが返された。。。
その家族からは二度と葬儀依頼は来ない。 


葬儀屋として、悲しみの淵に立たされている喪主が、しっかり故人をおくれる様に寄り添う心は必要だ。
しかし、親族でも、友人でもない我々には、事情を知っても、どこが一線なのかを見極め、踏み込まないようにする事も
結果、親族様のプライバシーをしっかり守ることに繋がるのだと感じ、筆を置く次第。  おそまつ。


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色んな葬儀

ここ最近春っぽい気温だ。
厚手の上着1枚脱いでいるぐらいが丁度良い。


ここは大阪 住吉区のとある葬儀屋。
私は入社1年を迎えた新入おっさんだ。


天空天王寺区にある市立斎場 やすらぎ天空館 での1枚。
デザイナー住宅みたいに絵になる。
ここは会場使用料が高いが、施設自体がとても綺麗。
備品類もお金をかけており、中でも
私のお奨めは、2階にある待合ソファー
デザイン、機能共に目を引く『 カッシーナ 』の革ソファー。
建築の仕事をしていた時、『カッシーナ』をチョイスするのは予算がたくさんある所のみだった。 
お値段は高級だけあって、すわり心地はビックリするぐらい気持ちが良い。
天空館に訪問した際、2階の待合ソファー、是非座って頂きたい。

2月に入って、続き様に葬儀依頼があった。
葬儀社が忙しいのはあまり良い事ではないのだろうが、必ず必要な事だ。
今回もしっかり納棺をし、お別れをサポートさせて頂いた。

何件か続けてお葬式をさせて頂くと、場所や祭壇が変わるのはもっともなことだが、
ご当家の違い、 というのが一番印象に残る。

お葬式は亡くなった人の為、そして残された人達の為でもある。
残された人達が故人をどう思っていたのか が、お葬式の形や、打ち合わせの時に表れる。

逝って欲しくない!! と故人に対する想いが伝わってくるご当家もあれば
あまりそうではないのだろうな  と感じるご当家もあった。

ご当家や故人を取り巻く、色んな背景があってこそ、それは当然の事であり、
良いも悪いもない。
それがその人のお葬式なのだから。


自分が逝くときには、こないして欲しなぁ。。。
と思うのもこの時である。
そう願いたいが、自分のお葬式は哀しいかな、死んでしまっているので、確認することが不可能だ。
こればっかりは、残された家族に頼むしかない。


今回担当したお葬式は、故人の意思を反映するものではなく、
ご当家とのお葬式であった。
それが普通だし、大多数だ。

事前に本人の希望を盛り込んだお葬式は、やはり通常のお葬式より深さが違う様に感じる。
お葬式独特の暗さというものが少なく感じるし、
なにより、祭壇や展示など、要所要所に故人の意思が反映されているのは
見守ってくれている というか、故人を感じる  というのか、不思議に明るく感じるのだ

100人いれば100通りのお葬式がある。。。
それを実感できた2月だった。

これにて筆を置く次第。  おそまつ。






プロフィール

葬儀屋おっさん

Author:葬儀屋おっさん
大阪住吉区にある街の葬儀屋さん
フューネス・イフ大翔(ダイショウ) 
に入社した
おっさんのブログです。

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